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東京地方裁判所八王子支部 平成10年(ワ)3209号 判決 2000年11月30日

原告

田中十一

被告

高野元

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、五三二万二二六二円及び内金四八二万二二六二円に対する平成八年一二月二二日から、内金五〇万円に対する被告会社は平成一〇年一二月一九日から、被告高野は平成一〇年一二月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、原告その一、被告らその二の各負担とする。

四  第一項は仮執行に執行することができる。

事実及び理由

第一事案の概要

本件は、歩道で第三者と揉み合っていた原告が車道に押し出され、被告高野運転の車両に接触して負傷し、損害を被ったとして、運転者である被告高野及び運行供用者である被告会社に対し損害賠償の請求をした事案である。

被告らは、<1>被告高野運転の車両と原告との接触を否認し、<2>仮に接触があったとしても、それは被告高野にとっては不可避であり、被告高野に過失はない、<3>また、原告の過失につき相殺すべきであると主張している。

第二原告の請求

被告らは、各自、原告に対し、一五六一万六一九四円及び内金一三八三万六一九四円に対する平成八年一二月二二日から、内金一七八万円に対する被告会社は平成一〇年一二月一九日から、被告高野は平成一〇年一二月二〇日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第三当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生(甲一)

原告は、左記交通事故(以下、「本件事故」という)により負傷した。

<1> 日時 平成八年一二月二二日午後一〇時一三分頃

<2> 場所 東京都小金井市前原町三丁目二番地先路上

<3> 加害車両及び運転者 普通貨物自動車(車両番号 大宮一一え八七七号)

被告高野運転(以下、「被告高野車両」という。)

<4> 態様 原告は、右同日午後一〇時一〇分頃、前原町のバス停留所(以下、「前原町バス停」という。)でバスから下車しようとしたところ、原告の前に下車しようとしていた氏名不詳者(以下、「A」という。)がバスの料金を支払わずに降りようとして運転手に注意されている現場を目撃した。原告もその場でAに注意をしてバスから降りたが、Aは、右バス停付近で突然原告に対し、「なんだこのやろう」などと大声を出しながら掴みかかってきたため、原告とAはしばらく揉み合いとなった。Aは原告を道路に向かって押し、その際、小金井街道を府中方面から武蔵小金井駅方面に走行してきた被告高野車両が原告に接触した上、原告を路上に転倒せしめた。

2  責任原因

(一) 被告高野は、被告高野車両を運転して本件事故発生現場に差し掛かった際、前方で原告及びAが揉み合いをしている現場を発見したのであるから、前方を注視し、安全を確認しながら運転すべきはもちろん、いつでも停止することのできる速度で進行すべき注意義務があったのに、これを怠り、漫然進行した過失により本件事故を発生させた。したがって、被告高野には、民法七〇九条により本件事故から生じた原生の損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告会社は、被告高野車両を自己のために運行の用に供するものであるから(甲二)、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故から生じた損害を賠償すべき責任を負う。

3  傷害の内容及び治療の経過(甲三、四)

<1> 傷病名 頭部外傷(脳挫傷)、頸部捻挫、肩関節捻挫

<2> 治療状況

(入院)

東京都立府中病院(以下、「府中病院」という。)

平成八年一二月二二日から平成九年二月一七日まで五八日間

医療法人社団聖美会多摩中央病院(以下、「多摩中央病院」という。)

平成九年二月一七日から同年二月二四日まで

(通院)

多摩中央病院に平成九年二月二四日から同年一二月一九日まで(実治療日数二一日)

<3> 後遺症の程度、等級

脳器質性精神障害 三級に該当

4  損害

原告に生じた損害は、次のとおりである。

(一) 治療費関係費 一一二万九三一四円

<1> 治療費 六七万四九七〇円

<2> 付添費 三六万円

<3> 入院雑費 八万四五〇〇円

<4> 交通費 四九〇〇円

<5> リハビリ器具代 四九四四円

(二) 休業損害 三二〇万円

(三) 逸夫利益 一一三四万六八八〇円

(年収三二〇万円、労働能力喪失率一〇〇パーセント、労働能力喪失期間四年としてライプニッツ係数をもちいた。)

(四) 慰謝料 二〇三五万円

<1> 入通院慰謝料 一八五万円

<2> 後遺症慰謝料 一八五〇万円

(五) 損害の填補 原告は、本件事故につき、自賠責保険金二二一九万円を受領した。

(六) 弁護士費用 一七八万円

5  よって、原告は被告らに対し、本件事故に基づく損害賠償として一五六一万六一九四円及び内金一三八一万六一九四円に対する事故発生の日である平成八年一二月二二日から、内弁護士費用一七八万円に対する被告病院は訴状送達の日の翌日である平成一〇年一二月一九日から、被告高野は訴状送達の日の翌日である平成一〇年一二月二〇日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  認否

1  請求の原因1項中、原告主張の日時、場所を被告高野が被告高野車両を運転して走行していたこと、Aが原告を車道に向かって押したことは認め、被告高野車両が原告に接触した上、路上に転倒させたことは否認し、その余は不知。

2  2項は否認する。

3  3項中、原告の後遺障害等級三級は認め、その余は不知。

4  4項中、(五)の損害の填補は認めるが、その余は不知。

三  被告らの主張

1  被告高野車両は原告と接触していない。

本件現場は、段差のある歩道と片道一車線の車道のあるいわゆる小金井街道であり、交通量の多いところである。

被告高野は、被告高野車両を運転して本件現場付近に差し掛かった際、前方左側の歩道上に二人が立っているのが目に入った。

被告高野は、そのまま時速約三〇キロメートルで走行し、立っている二人の側に近づいたとき、Aが原告を車道側に押すのが見えたので、急ブレーキを掛けたが、車道側に倒れかかった原告に接触することなく、そのそばを通り抜けて停止した。

右のとおり、被告らは、被告高野の運転と原告の負傷との因果関係を争う。

2  被告高野には過失はない。

本件事故は、原告が交通量の多い車道に面した歩道上で第三者と争って、車道上に倒れて発生したもので、車道を走行する被告高野にとっては突発的、不可避的な出来事であった。

すなわち、被告高野には過失はない。

3  過失相殺

本件事故発生に関する右事情に鑑みれば、本件発生に関する原告の過失は大で、損害額につき過失相殺されるべきである。

第四争点

一  被告高野車両と原告とは接触したか。

二  仮に接触があったとして、それは被告高野にとっては不可避な事故であったか。すなわち被告高野の過失の有無。

三  原告の損害の算定に当たり、原告の過失につき相殺すべきか。

第五当裁判所の判断

一  争点一につき判断する。

1  被告高野は、平成八年一二月二二日午後一〇時一三分頃、被告高野車両を運転して東京都小金井市前原町三丁目二番地先の片道一車線の路上を走行していたこと、被告高野が前原町バス停付近に差し掛かった際、前方左側の歩道上に二人が立っているのが目に入ったこと、被告高野は、そのまま時速約三〇キロメートルで走行し、立っている二人の側に近づいたとき、氏名不詳のAが原告を車道側に押すのが見えたので、急ブレーキを掛けて、少し先に行ったところで被告高野車両を停車させたことは、被告高野が自認するところである。

2  被告高野は、被告高野車両と原告との接触の事実を否認し、これに沿う陳述書(乙一)を提出している。

3  しかしながら、甲一、三、五ないし一二(枝番を含む。)、証人田中富雄及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当日、原告は、氏名不詳者Aから車道に押され、被告高野車両が急ブレーキを掛けて通り過ぎたあと、車道で、脳室内出血・右側頭葉出血・脳挫傷等の傷害を負い、救急車で東京都立府中病院に搬送され、そのまま同病院に翌平成九年二月一七日まで入院したこと、右傷害の結果、原告には三級に相当する脳器質性精神障害の後遺症が残ったことが認められる。

右原告の傷害の程度からすれば、本件事故当日、原告は、氏名不詳者Aから車道に押され、横を通り過ぎた被告高野車両に頭部を接触させたものと判断するのが相当である。

被告高野が主張するように、被告高野車両が原告に接触することなく、単にそのそばを通り抜けただけでは原告に右のような傷害が生じることはあり得ないからである。

二  争点二(被告高野の過失)につき判断する。

1  前認定の事実によれば、被告高野は、被告高野車両を運転して前原町バス停付近に差し掛かった際、前方で原告及びAが揉み合いをしている現場を発見したのであるから、前方を注視し、原告らの安全を確認しながら運転すべき注意義務があったにもかかわらず、片道一車線の車道を、従前の速度を減速せず、かつそのままの進路で進行した過失により本件事故を発生させたものというべきであるから、被告高野には、民法七〇九条により本件事故から生じた原告の損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。

2  また、甲二及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、被告高野車両を自己のために運行の用に供していたものと認められるから、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故から生じた損害を賠償すべき責任を負うものといわなければならない。

三  原告の傷害の内容及び治療の経過につき判断する。

甲三、四及び弁論の全趣旨によれば、請求の原因3項記載の事実が認められる。

四  原告の損害につき判断する。

1  治療費関係費合計一一一万九四七〇円

(一) 治療費 六七万四九七〇円

原告は、府中病院に対し二三万二三五〇円の治療費を支払ったこと(甲一三の一ないし五。甲一三の三及び五の文書料合計八四〇〇円を除く。)、多摩中央病院に対し三万八七四〇円の入院治療費(甲一五)、二万三八四〇円の通院治療費(甲一六の一ないし八)、三二〇〇円の薬代(甲一六の九ないし一一、甲一七の一・二)をそれぞれ支払ったこと、むさし接骨院に対し、頸部捻挫・肩関節捻挫の治療のため三七万六八四〇円の施術費(甲一八の一・二)を支払ったことが認められる。

(二) 付添費 三六万円

原告の府中病院に五八日、多摩中央病院に七日、合計六五日の入院の近親者付添費として一日当たり六〇〇〇円合計三九万円の内金三六万円

(三) 入院雑費 八万四五〇〇円

原告の合計六五日の入院の雑費として一日当たり一三〇〇円の合計額

(四) 交通費、リハビリ器具代については、これを認めるべき証拠はない。

2  休業損害 三二〇万円

甲四、二〇、二二、証人田中富雄及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故当時、有限会社田中屋の代表者として菓子問屋を営んでおり、年三二〇万円の給与収入を得ていたが、本件事故により、平成九年一二月一九日の症状固定までの約一年間、就労することができず、三二〇万円の休業損害を被ったことが認められる。

3  逸失利益 一一三四万六八八〇円

右各証拠によれば、原告(昭和九年二月一一日生)は、平成九年一二月一九日の症状固定以降四年間、一〇〇パーセントの労働能力を喪失したことが認められ、これによる損害は一一三四万六八八〇円となる。

三二〇万円×一×三・五四五九(ライプニッツ係数)=一一三四万六八八〇円

4  慰謝料 二〇三五万円

(一) 入通院慰謝料として一八五万円が相当である。

(二) 後遺症慰謝料として一八五〇万円が相当である。

5  以上合計三六〇一万六三五〇円

6  争点三(過失相殺)につき判断する。

前認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、本件事故は、夜間、原告が交通量の多い車道に面した歩道上で第三者と言い争っていて、第三者に押されて車道上に倒れてきて発生したものであると認められるから、その事故発生の原因において、被告らとの関係において原告にも過失があるといわざるを得ない。

しかして、右本件事故発生の態様からすれば、被告らとの関係における原告の過失は二割五分であると判断するのが相当である。

原告について二割五分の過失相殺をすると、原告の損害は二七〇一万二二六二円となる。

7  損害の填補二二一九万円については当事者間に争いがない。

そうすると、原告の残損害額は四八二万二二六二円となる。

8  弁護士費用 五〇万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は五〇万円と判断される。

9  以上によれば、原告の損害(7、8)の合計は五三二万二二六二円となる。

五  右のとおり、原告の請求の原因5項記載の本訴請求は、主文第一項掲記の限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本慶一)

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